江戸時代、日本各地を結ぶ五街道をはじめとする街道には、多くの「宿場町(しゅくばまち)」が置かれていました。宿場は旅人が休息や宿泊をするための拠点であり、同時に幕府の交通政策を支える重要な施設でもありました。
その宿場の中でもひときわ格式が高く、身分の高い人々しか泊まることができなかったのが「本陣(ほんじん)」です。本陣は、大名や勅使、公家、幕府の要人などのために用意された特別な宿泊施設で、宿場を代表する存在でした。
しかし、江戸時代の交通は大名行列や幕府の公務による移動が重なり合うことも多く、本陣だけでは対応しきれない場面がありました。そこで設けられたのが「脇本陣(わきほんじん)」です。
脇本陣は、本陣の補助施設として設置され、宿場の交通と宿泊の円滑な運営を支える“影の主役”でした。
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脇本陣とは?その基本的な役割

脇本陣は、本陣に不測の事態が生じた場合や、大名行列が複数重なったときに利用される予備的な施設でした。
例えば、同じ日に二つの藩が同じ宿場を利用することになったとします。このとき格式の高い藩が本陣を利用し、もう一方の藩は脇本陣に宿泊するという調整が行われました。まさに「第二の本陣」としての機能を担っていたのです。
また、本陣は原則として一般の旅人が宿泊することはできませんでしたが、脇本陣は大名や勅使が利用していないときに限り、一般客にも開放されていました。これにより、脇本陣は“特別な身分の宿”であると同時に、庶民にとっても時には利用できる宿として存在していたのです。
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脇本陣の利用者と役割の広がり
脇本陣を主に利用したのは、
- 大名行列で本陣に入りきれなかった一行
- 格式の関係で本陣を使えなかった藩の家臣団
- 公家や幕府関係者の一部
などです。
一方で、脇本陣の本来の役割は「大名や要人のための予備宿」でしたが、空いているときには庶民も利用することができました。これは宿場の中でも珍しい特徴といえるでしょう。
たとえば長旅の農民や商人にとって、脇本陣に泊まれる機会は一種のステータス体験だったかもしれません。本陣と同じように上段の間が備えられ、格式を感じられる造りの中で宿泊することは、庶民にとって忘れがたい経験だったはずです。
脇本陣の建物と設備
規模としては本陣よりも小さかったものの、脇本陣の造りは本陣に準じていました。具体的には、
- 上段の間(最も格式高い部屋)
- 玄関・式台(身分の高い人専用の出入口)
- 宴席や控えの間
などが備えられており、簡易な宿泊所ではなく、本格的な接待ができる施設でした。
また、脇本陣の経営を担ったのは、宿場の中でも有力な商人や豪農でした。本陣と同様、宿場社会を代表する家がその任に当たったのです。したがって、脇本陣は単なる予備宿ではなく、宿場の格式や体面を守るうえで欠かせない存在でした。
本陣と脇本陣の違い(比較表)
項目 | 本陣 | 脇本陣 |
---|---|---|
主な利用者 | 大名、公家、勅使など | 大名の予備宿、要人、一般旅人(空いている時) |
一般客の宿泊 | 原則不可 | 空きがあれば可能 |
規模 | 大きい、宿場を代表 | 本陣より小規模 |
設備 | 上段の間、式台など | 本陣に準ずる造り |
運営者 | 宿場の有力者 | 宿場の有力者(本陣に次ぐ地位) |
こうして整理すると、脇本陣が「本陣のサブ施設」という立場でありながら、非常に重要な役割を担っていたことが見えてきます。
現代に残る脇本陣の遺構
現在も全国各地に脇本陣の建物や跡が残されており、観光スポットとして訪れることができます。代表的な例をいくつか紹介しましょう。
- 妻籠宿(長野県木曽町)
脇本陣奥谷(わきほんじんおくや)は重要文化財に指定され、一般公開されています。江戸時代の旅を体感できるスポットとして人気です。 - 馬籠宿(岐阜県中津川市)
脇本陣が資料館として整備され、宿場の歴史を学ぶことができます。 - 関宿(三重県亀山市)
脇本陣跡が残り、往時の宿場の規模を知る手がかりとなっています。
これらの場所を訪れると、江戸の旅文化を肌で感じることができるでしょう。特に妻籠宿の脇本陣奥谷は「当時のまま保存されている貴重な建物」として評価が高く、江戸時代の格式ある旅の雰囲気を味わえます。
まとめ|脇本陣(わきほんじん)とは?
脇本陣(わきほんじん)は、江戸時代の宿場町において本陣を支える重要な施設でした。
- 本陣の予備宿として大名や要人の宿泊に使われた
- 空きがあれば一般旅人も利用できた
- 本陣に準じた格式を備え、宿場の有力者が務めた
現代に残る脇本陣の建物を訪れることで、江戸時代の旅の仕組みや社会のあり方を実感することができます。
宿場町を巡る際は「本陣」だけでなく「脇本陣」にも注目してみましょう。そこには、表舞台の裏で支え続けた江戸の旅の知恵と工夫が息づいているのです。
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