イギリスを訪れると、いたるところで「Public Footpath」という看板を見かけます。フットパスとは土地の所有権とは無関係に誰でも歩ける道を指す言葉です。
古くからウォーキングが親しまれてきたイギリスには、全長20数万kmのフットパスが整備されているといわれています。休日になると地元の人たちが家族と一緒に散歩をしている光景もよくみます。
大勢の観光客が訪れる観光地もいいですが、せっかくイギリスを訪れたのならより地域の文化や環境に近い距離で触れられるフットパスを歩いてみたいところ。そこでこの記事ではフットパスの定義や歴史、フットパスを歩く際の注意点、そして日本でもフットパスが体験できる場所などを紹介していきます。
フットパスとは?
フットパスとは、本来はイギリス・イングランドにおいてレクリエーションなどの目的から、土地の所有権とは無関係に人々が歩く権利(Rights of Way)を有する道を指す言葉です。
フットパスの国ともいわれるイギリスには全長20数万kmに及ぶフットパスが、国土を縦横にはしっています。
イギリスでは古くからウォーキングが国民的なレクリエーションでした。特に産業革命により都市での労働者が急増した19世紀に盛んにおこなわれていたといいます。
なぜイギリスではこれほどまでにフットパスが大切にされているのでしょうか?この背景にはイギリスの複雑な歴史が影響しています。
フットパスの歴史
イギリスには、日本の入会地(共有地)にあたるコモンズ(Commons)が全国いたるところにありました。コモンズは周辺に住む住民が一定のルールのもとに共同で使用できる場所を指し、コモンズに通ずる道は成立期からあったと考えられています。
18世紀後半にはじまった産業革命により、各地で産業資本家や貴族階級によりコモンズが奪われる囲い込み(エンクロージャー/Enclosure)といわれる現象が発生します。
19世紀になるとコモンズを奪われた市民たちによる囲い込み撤回運動が各地で起こり始めます。裁判の結果、かつて地域住民が通行していた土地の道はパブリック・フットパスとして認められました。コモンズにつながる道には歩く権利があると示されたのです。
1932年には「歩く権利法」が制定され、誰でもパブリック・フットパスを歩くことができるようになります。第二次世界大戦後の1949年には「国立公園・アクセス法」が制定され、この権利はより強固なものとなりました。
以上のように現存するパブリック・フットパスは、市民たちが上流階級との闘争を経て獲得した権利に基づくのです。土地に対する所有権が強大な日本では考えにくいフットパスが成立している背景には、このような歴史があるのです。詳細を知りたい方には以下の本がおすすめです。
→平松紘「イギリス緑の庶民物語―もうひとつの自然環境保全史―」1999年
フットパスには3種類ある
フットパスは大きく3種類に分けることができます。
一つ目は、本来の「歩行者専用の道」を意味するフットパス。二つ目は「ブライドルウェイ(Bridle way)」というサイクリングや乗馬と歩行者が併用する道。そして三つ目は車も通行できる「バイウェイ(Biway)」です(車といっても一般車両が通行する道ではなく、主に地元の農作業車両が通る道)。
イギリス全土でみると、最も多いのが歩行者専用のフットパスで全体のおよそ75%を占めます。続いてブライドルウェイがおよそ21%、バイウェイがおよそ4%となっています。
フットパスの歩き方-道標とゲート-
フットパスは誰でも歩ける道ですが、歩く前に知っておいたほうがいいことがいくつかあります。
フットパスには道標(ルートサイン)と呼ばれるものが立っています。これは進むべき方向を示す役割をしており、この道標に沿って歩くことで目的地にたどり着けます。観光している最中に道標を見つけたら、それはフットパスがあることを示しているので、時間があったら舗装路ではなくあえてフットパスを歩いてみるのもおすすめです。
イギリスは伝統的に羊の飼育が盛んな国です。そのためフットパスが牧場の中を通っていることがよくあります。
羊を逃がさないため、そして野犬などの親友を防ぐためにフットパスの入り口にゲートがある場合があります。ゲートには踏み台を乗り越えるスタイルと、ゲートを開閉するスタイルがあるので、ルールに沿って牧場内を進んでいきましょう。
日本にもフットパスがある
ここまでイギリスのフットパスについてみてきましたが、日本でもフットパスを広めようとしている地域があります。
北海道黒松内町は、平成16年からフットパスの整備を進めてきました。豊かな自然や美しい農村景観を楽しみながら歩き、途中にある農家・お店での休憩、チーズやハムといった特産品・こだわりの食材などを食し、町の人たちと交流する機会を提供しています。
黒松内町を筆頭に北海道は比較的フットパス活動が積極的な地域だといえるでしょう。フットパス・ネットワーク北海道のWebサイトによれば、およそ45の自治体でフットパスを整備する活動が官民さまざまな形で行われています。
長野県小布施町もフットパスを早くから整備した自治体のひとつです。小布施町はフットパス整備の目的として①地域の原風景と文化の再生②健康づくりへの活用③町外からの誘客と訪問者との交流を通じた地域活性化を掲げ2005年から整備に取り組んできました。
当初は街中での整備がなかなか進まなかったため周辺の果樹園や、比較的建物が少ないエリアで整備されました。現在では街中にもフットパスが広がりつつありますが、やはり日本では隣接地権者全員の合意を得ることは難しいため思うように整備が進んでいません。
この他にも山形県長井市の「みずはの小径」フットパス、山梨県甲州市の勝沼フットパスなどが本州にはあります。
最後に-本場イギリスのフットパスを歩いてみたい方にはBath Skyline Walkがおすすめ-
イギリスには壮大な距離のフットパスが整備されていますが、観光用に整備されたものから地元の人しか使わないようなものまで様々です。
もしイギリスに行ってフットパスを歩いてみたい!という方がいたら、筆者のおすすめはBathという地域にある「Bath Skyline Walk」です。全長およそ10kmのこのウォーキングルートは、世界遺産に登録されているバースの街を囲むように整備されており、自然も史跡も楽しめます。興味ある方はぜひこちらの記事もあわせてご覧ください。
→「イギリスのフットパスを歩こう-世界遺産の街バースのBath Skyline Walk-」
参考資料
・小川巌, 2007, 「歩く文化の国、イギリスのフットパス事情」.
・平野悠一郎, 泉留維, 2012, 「近年の日本のフットパス事業をめぐる関係構造」.
・フットパス・ネットワーク北海道,「北海道内のフットパス一覧」.