「白河(しらかわ)」とは福島県白河市にあった奥州街道の宿場町です。江戸時代には白河藩の城下町としても栄えました。「奥州の玄関」とも呼ばれ、南方には白河の関があります。現在では新幹線の停車駅である新白河駅もあり、交通の要衝としての地位は健在。
そんな「白河」の長い歴史を簡単に紐解いていこうと思います。
▼奥の細道とは?
「白河宿」とは?奥州街道や東山道が通る
日本橋から数えて27番目、陸奥国の最南端にあるのが「白河宿」でした。東山道の時代には「雄野(おの)」と呼ばれた宿駅もありました。白河小峰城の城下町としても栄え、現在でも地名や史跡にその名残を残しています。
幕末に起こった戊辰戦争の戦地でもあります。白河宿の脇本陣であった柳屋旅館には、斎藤一体調率いる新撰組の隊士106名が滞在した記録も残っています。白河小峰城の三重櫓は100日間にわたる「白河口の戦い」の戦火で焼け落ちました。
▼奥州街道とは?
「白河」の由来は?
「白河」の地名は、白河の関近くに流れる小川が「白川」であったことに由来しているといわれています。ほかにもアイヌ語「シラガー(自分の陣地)」が訛ったという説もありました。
ー白河観光協会発行 歴史のまち「白河」ガイドブック参照
「白河の関」とは?松尾芭蕉も目指した古代の関所
白河には「白河の関」と呼ばれる関所跡があります。松尾芭蕉が『おくのほそ道』の冒頭で「白河の関超えんとて・・」と目的地のひとつに定めたことでも知られています。また源義経が平泉から東山道を通ったときにも使われています。
奥州街道「石阿弥陀の一里塚」
「石阿弥陀の一里塚」のあたりは中世から主要道が通り、江戸時代初期には奥州街道として整備されています。高さ3メートルほどの塚が2つ、対になっています。
その後奥州街道の経路が変更され、現在では塚のみが残っています。
戊辰戦争で焼け落ちた「白河小峰城」
白河駅の裏手には白河小峰城があります。搦目山にあった白川城の支城として、暦応3(1340)年に築城されました。丹羽長重公や松平定信公などが城主を務めています。城内には小峰城歴史館もあり、小峰城の役割や歴史を学ぶことができます。
百名城スタンプのほか、御城印3種(2022年1月現在)やお城カードもいただけますよ。
奥州街道「白河」まとめ
白河は新幹線も止まり、現在でも交通の要衝です。歴史も深く、さまざまな時代の遺構が残っています。白河観光の際にはぜひ、歴史を学びながら楽しんでくださいね。
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