【10分でわかる】お伊勢参りとは?歴史や目的・理由をわかりやすく解説

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現代日本でも伊勢神宮は人気観光地ですが、その昔江戸時代に「お伊勢参り(おいせまいり)」が一斉を風靡しました。当時は今ほど旅に出やすいわけではなかったので、伊勢神宮と合わせて京都や奈良を観光して帰る人もいたんだとか。

そんな伊勢参りですが、なぜ人は伊勢神宮を目指したのでしょうか?なぜ江戸時代にお伊勢参りが空前のブームとなったのでしょうか?そもそもなぜ伊勢神宮なのでしょうか?こうした疑問に正しく答えられる人は案外少ないかもしれません。

本記事では「お伊勢参り」の意味や目的、日程や費用、変わった慣習などをご紹介します。これを読んでから行けば伊勢神宮観光も違った楽しみ方ができるかも。ぜひ参考にしてみてください。

お伊勢参りとは?

お伊勢参りとは三重県にある伊勢神宮に参拝することや、参拝するための旅を指します。現代と違い江戸時代に伊勢神宮に行くのは時間的にも費用的にも大変で、一生に一度は行きたいものとされていました。

お伊勢参りの中でも通常の参拝者数を大幅に越えて人々が訪れたのが、約60年に1度のおかげ参りでした。この60年に1度の年は特別な効験があると信じられており、数百万人が訪れたと言われています。

ピーク時は国民の6人に1人がお伊勢参りをした

伊勢神宮は今日でも人気の観光地であり、2019年には972万人の参拝者が訪れています。では江戸時代は一体どのくらいの人がお伊勢参りに行ったのでしょうか。

江戸時代の国学者本居宣長の『玉勝間』によると、1625年閏4月9日から5月29日までの50日の間に合計362万人がお伊勢参りしたと記録があります。

別の記録も見てみましょう。『御蔭耳目第一』によると1829年遷宮の年は3日間の神事中に118万人が伊勢神宮を訪れました

最も多くの参拝者が訪れたのが1830年と言われており、参拝者数は500万人前後。当時の日本人口が約3千万人と仮定すると、なんと約6人に1人が参拝したことになります。どれだけ多くの人々が「一生に一度はお伊勢さま」を体現していたかがわかりますね。

ノミチちゃん
ノミチちゃん

ノミチちゃんの一言まとめ

「不思議なことにお伊勢参りは60年に1度、大流行したと言われているよ。特に大規模なブームは慶安3年(1650)、宝永2年(1705)、明和8年(1771)、文政13年(1830)に起こったんだって!」

なぜ江戸時代の人々はお伊勢参りをしたのか?目的と理由

伊勢神宮は長らく日本人の信仰の大元でした。江戸時代にはどの家にも神棚があり、そこに神宮のお札が祀られていたといいます。

古代の伊勢神宮は皇室の祖先神ということで、一般庶民や貴族であっても個人的な参拝は許されていませんでした。律令制の衰退が進むなかで、伊勢神宮も一般の社寺参詣の影響を受けるようになり民衆の信仰の対象となりました。

このような歴史があるので一般庶民にとって伊勢神宮に参拝することは、他の神社に参拝することとは価値が異なっていたのです。

ノミチちゃん
ノミチちゃん

ノミチちゃんの一言まとめ

「古くは一般人の参拝が禁止されていたからこそ、伊勢神宮への関心や信仰が高まっていったんだね」

お伊勢参りの歴史

弥次郎兵衛と喜多八

お伊勢参り・おかげ参りという概念が広まるのは江戸時代ですが、それ以前も伊勢信仰は強くありました。平安時代になるとまずは上級武士層に広がり、鎌倉中期以降になると御家人や地頭級の武士層にも広がります。このようにして鎌倉時代に伊勢信仰が民衆に広がりますが、全国的な広がりは見せておらず参拝者も限られていました。

室町時代になると戦乱の影響もあり神宮が財政危機に陥ります。それにより従来はそこまで力が入れられていなかった宿泊や観光案内の提供など観光的な取り組みも行うようになりました。室町時代の辞書『壒嚢鈔』には「和国は生を受くる人、大神宮へ参詣すべき事勿論…」と書かれており、伊勢神宮には国民は必ず詣るべきという観念が広がっていたことがわかります。

戦国時代に一時この文化は衰退しますが、江戸時代になり関所が撤廃され五街道など交通網が整備されるようになると治安改善と相まってお伊勢参りが一般庶民の間に広がり始めます。

この流れに拍車をかけた要因の一つに文化もありました。十返舎一九の大ヒット本『東海道中膝栗毛』は弥次郎兵衛と喜多八のお伊勢参り珍道中が描かれます。こうした作品の影響もあったと言われています。

お伊勢参りは60年に1度のご利益がある年を指して「おかげ参り」とも呼ばれますが、「おかげ参り」という言葉が使われるようになったのは1771年のお伊勢参りの大流行からでした。日々の暮らしや安心安全なお伊勢参りができるのは伊勢の神様のおかげという思いから、おかげ参りという言葉が生まれたと言われています。

1ヶ月〜数ヶ月かけてお伊勢参りする人が多かった

江戸時代は一般庶民にとって現在よりも長旅は大変で貴重な体験でした。そのため人生最初で最後の大旅行とお伊勢参りを位置づけ「せっかくなら伊勢神宮以外も観光してこよう!」と出かける人が多かったようです。

出発から帰宅まで1ヶ月〜数ヶ月をかける人が多かったようで、江戸から伊勢を目指す場合は秋葉山、西国三十三箇所、熱田神宮、京都、金毘羅、宮島などが人気の立ち寄りスポットでした。また帰りは善光寺詣を兼ねて中山道を通って帰ってきたそうです。

ノミチちゃん
ノミチちゃん

ノミチちゃんの一言まとめ

「お伊勢参りと聞くと伊勢神宮だけ訪れたみたいだけど、実はいろんな観光スポットをめぐる物見遊山の旅だったんだね。」

お伊勢参りの費用-2ヶ月の旅で50万円以上のお金がかかった-

お伊勢参りとは

長旅であるためかかる費用も多額だったようです。ここでは江戸周辺からさまざまな観光地に立ち寄りながら約2ヶ月かけて伊勢神宮を目指した人の例で考えてみましょう。

江戸中期頃の旅籠代は1泊200文程度現在の価値にして5,000円程度でした。また昼食代は70~80文程度(現在の価値にして1,500円程度)でした。この他にも旅の途中で渡船の運賃、茶屋での代金、駕籠や馬の乗り賃などがかかりました。

合計して1日300文必要だったと仮定すると、300文×60日=18貫現在の価値にして50万円前後のお金がかかることになります。現代を生きる私たちが海外旅行に行くのと同程度かそれ以上のお金がかかっていたことがわかりますね。

お伊勢参りコーディネーター「御師」とは何者か

お伊勢参りの一般化は自然発生的に生じたものではなく、様々な人たちによって作られたブームだった側面があります。そんなお伊勢参りブームで重要な役割を果たしたのが「御師(おんし)」と呼ばれる人たちでした。

御師とは伊勢神宮から各地に出向いた神職です。御師は江戸時代以前、室町時代から各地に出向いて祈祷を受け付けたり、暦やお札、伊勢土産を配ったり、金銭やお米の奉納を勧めお伊勢参りをPRし続けてきました。

伊勢神宮の価値や意義を説いて広めたという意味で、庶民によるお伊勢参りブームの火つけ役となったと言われています。

御師は出向いた村ごとに伊勢講という組織をつくるサポートもしました。伊勢講とは共同の積立金、山林田畑収入を経費にあてて代参者を順次派遣する仕組みのこと。自分のお金だけでは伊勢神宮に行けないので、みんなでお金を積み立てては順番で代表してお伊勢参りをしていました。

御師は担当した村の者が伊勢に来たときには自分の家に泊めたり、ごちそうでもてなしたりしたそうです。御師のような今日でいう観光プランナー・旅行コーディネーターのような役割を果たす人がいたからこそ、庶民はお伊勢参りのハードルが下がったんですね。

ノミチちゃん
ノミチちゃん

ノミチちゃんの一言まとめ

「お伊勢参りを知る上で「御師」は外せない重要な存在だね。伊勢講のサポートまでしているなんてびっくり!」

特殊な慣習「抜け参り」とは?お伊勢参りは勝手に行ってもOK

お伊勢参りの特徴的な慣習として「抜け参り」がありました。抜け参りとは家族に黙ってお伊勢参りに行くことです。

1705年のお伊勢参りブームの際、子どもの抜け参りが大きな話題を呼びました。親からすると心配でなりませんが、なんと当時の社会は抜け参りを「善行だから非難できない」として容認しました。

子どもに限らず店で働くものが抜け参りして帰ってきても、主人は叱ってはならず無事に帰ってきたことを喜ばなければならなかったほど。お伊勢参りがどれだけ庶民の間に広く定着し、かつ素晴らしい行いだと認知されていたかがわかりますね。

おかげ犬-飼い主の代わりにお伊勢参りする犬がブームに-

伊勢神宮とその周辺に行くと白い犬のグッズがたくさん売っています。これは「おかげ犬」をモチーフにしたお土産です。

「おかげ犬」とは江戸時代に飼い主の代わりにお伊勢参りする犬のこと。先ほど記した通り、お伊勢参りは長旅で費用も多額で大変なものでした。そのため自分の代わりに飼い犬に代拝してもらうことを思いついたのです。

飼い主は「この犬はお伊勢様に行きますよ」とわかるように札をつけました。道中の費用もあわせてくくりつけ、近所でお伊勢参りする人や道中でこの犬を見つけた人がサポートして伊勢まで訪れたとされています。

「なんで知らない人の犬に親切するの?」と思いますが、当時はおかげ犬をサポートすることで「徳」があるとされていました。また犬は神の化身とも言われていました。そのため人々はおかげ犬を積極的に助けたのです。

ノミチちゃん
ノミチちゃん

ノミチちゃんの一言まとめ

「信じられないけど当時の資料には多くのおかげ犬に関する記述があるみたい。車も電車もない時代に犬と一緒に旅をするなんてすごい!」

最後に-お伊勢参りとあわせて他の日本史用語も学ぼう!-

伊勢参り

この記事ではお伊勢参りについて簡単にわかりやすく解説してきました。ノミチでは他にも日本史で知っておきたい重要単語や歴史について解説しています。ぜひ以下の記事もあわせて読んでみてください。

【あわせて学びたい】「五街道」とは?江戸時代に整備された陸上交通路をかんたんに解説!

【あわせて学びたい】江戸時代の浮世絵師「歌川広重」とは?代表作「東海道五十三次」や葛飾北斎、ゴッホとの関係

参考資料
朝日新聞, 2020, 改元で注目 伊勢神宮参拝 昨年は973万人.
国土交通省関東地方整備局横浜国道事務所, 東海道Q&A, 東海道への誘い.
・高橋達郎, お伊勢様、一度は行きたい庶民の夢。, クリナップ.
(公社)伊勢市観光協会, 江戸時代の参拝ルート 本当のお伊勢参り.
Discover Japan, 2020, 「お伊勢参り」江戸時代、誰もが憧れた大イベントQ&A
・「おかげ」の心で感謝する旅
・花咲一男, 2000, 大江戸ものしり図鑑, 主婦と生活社.

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この記事を書いた人

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ノミチ編集部。2021年3月にプレローンチした古道体験メディア「ノミチ」です。