現在日本で使われる「トレイル」は、登山やレジャーの一種でざっくり道を歩くことという意味があります。舗装されていない道を歩くことが多く、中でも歴史ある道を歩くことを「古道トレイル」と呼ぶことも。
また派生語「トレイルランニング」は未舗装の道をランニングする陸上競技の一種です。海外ではメジャーなスポーツなため、各地で行われています。
ではそもそも「トレイル」にはどんな意味があるのでしょうか?今回はカナダ在住のロバート・ムーア著『On Trails An Exploration(トレイルズ 「道」と歩くことの哲学)』を参照しながら、トレイルの意味を読み解きます。
トレイルの意味とは?
トレイル(trail)は直訳すると「引きずった跡」「通った跡」という意味になります。おおざっぱに「道」と訳すこともできるでしょう。転じて「道を歩くこと」「歩く速さで旅をすること」の意味で使われることも多くなっています。
「道」を意味する言葉はトレイル(trail)のほかにも「パス(path)」「ウェイ(way)」などさまざまあり、これらをきれいに区別することはできません。
世界最古のトレイルは5億4千万年前?
世界最古のトレイルは、2008年にオックスフォード大学の研究者アレキサンダー・リウによって発見されました。世界最古の動物であるエディアカラ生物群が残したと考えられる、連続する曲がりくねった道がそれです。5億4千万年前には絶滅したとされるエディアカラ紀の生物たちは、体を膨らませ、前方へ伸ばし、身をすぼめることによって移動し、おそらく知覚できないほどの遅いスピードで海底を動き、トレイルを残しました。
しかしロバート・ムーアはエディアカラの生物が残したトレイルには欠けているものがあると指摘します。
エディアカラ紀のトレイルは、厳密にはむしろ痕跡というべきだったのだ。アリの道はその魔法のような効率性をとても単純なフィードバック システムによって得ている。1匹のアリが残したトレイルの上を、別のアリが、少しずつルートを改善しながらつぎつぎに通っていく。おそらく、エディアカラ紀の生物はほかの個体の足跡(というより、足のしみ)をたどりはしなかったはずだ。そのトレイルには、呼びかけに対する応答がなかった。
一度歩かれただけのトレイルは「痕跡」に過ぎず、何度も歩かれ、改善されていくところにしなやかさや優美さが生まれるのだと、彼は続けます。
「トレイル(trail)」と「パス(path)」の違いは?
「道」や「経路」を指す言葉はいくつかありますが、よく使われる「トレイル」と「パス」の違いをご紹介します。「イギリスのフットパスを歩こう-世界遺産の街バースのBath Skyline Walk-」でご紹介したように、フットパスもトレイルと同様道を歩くことそのものを表す言葉。
パスは人の手が入り整備されているイメージであるのに対し、トレイルは無骨で洗練されていないイメージを持たれる方も多いのではないでしょうか。オクスフォード英語辞典によると、トレイルは「洗練されていないパス」と定義されています。
さらに本書では以下のように区別されていました。
少し離れたところからトレイルとパスを眺めれば、その主な違いは方向性にあることが分かる。パスは前方に、トレイルは後方に伸びている。パスは、都市の建造物に似て、より文明度の高いものと考えられている。それは前方の空間へ伸びる線であり、知性によって考案され、手という高度な器官によってつくられる。反対に、トレイルは逆さ向きに、雑然と、汚い足が通ることによってつくられていく。
トレイルとは単に「未舗装の道」を指す言葉ではなく、先人たち、あるいは生物たちの歩いてきた信頼できる道標だったのです。
だとすると私たちが「トレイル」として歩いている古道も、かつては誰かによって整備された「パス」であったことが想像されます。こうしてトレイルとパスの区別は曖昧になっていったのでしょう。ノミチでは「古道」を「現在は生活道路として利用されていないこと」と定義していますが、古より歩かれてきた道が今でも一般の人々に利用されていることは、もしかしたらものすごく価値のあることなのかもしれませんね。
本書では「発展する道とすたれてしまう道の違い」についても言及しているので、気になる方はご一読ください。
トレイルを楽しもう!
トレイルについて書くとき、つい「誰が開拓・整備した」といったことに注目してしまうかもしれません。しかしたいていのトレイルは集合的に、有機的に形勢されていくもの。何度も歩かれ、工夫され改善されていくことで「道」としての機能が備わっていくのです。
こうしたトレイルの本質を捉えた上で古道を歩けば、ここにトレイル(道)が生まれた意味や、人々の工夫に思いを馳せることができるかもしれません。皆さんもトレイルを楽しむ際は、ぜひそんなトレイルの歴史も感じてみてくださいね。