街道観光とは、「街道」を観光資源とするニューツーリズムのひとつです。近年、この街道観光が観光戦略として、地域活性化の手段として注目を集めています。
街道は、古くは多くの地域を通っていたものであり活用できる地域は多いと考えられます。また、街道はその特性上、複数の地域やスポットをつなぐ導線の役割を果たすため、ワンスポットにとどまらない回遊型観光・広域での観光戦略に有効です。
そこでノミチでは、全3回にわたり「街道観光の可能性」と題した連載を行います。内容は以下のとおりです。街道を生かした観光を考えている地方自治体や企業の皆さんは、ぜひ参考にしてみてください。
- 第1回:街道観光とは何か?
- 第2回:観光街道の実践事例を紹介
- 第3回:観光街道を展開する際の戦略
第1回の今回は、①街道観光の定義、②街道が注目される背景、③街道観光の特徴について解説していきます。
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街道観光の定義
街道観光について、観光・交通関連産業に大きな影響を与え多数の著書を残してきた須田寛は、次のように定義しています。
「人間の交流手段であり、またその場でもある街道(みち)を歩き、人びとの交流の原点にふれると共に、沿道の景観、街道や街道周辺に形成される文化の集積を訪ねる観光」
須田の定義では、観光者が街道に沿って移動すること、街道周辺に残された文化(自然や歴史を含む)を楽しむこと、人びとの交流が生み出されることがポイントとして挙げられています。
須田は観光街道を含め、新しい観光について複数の著書を残しています。興味関心ある方は、こちらの本をぜひ買って読んでみてください。
街道が注目される背景と経緯
街道を歩き、その土地の文化や歴史を楽しむという観光スタイルは古くから存在します。
作家の司馬遼太郎が「週刊朝日」で1971年から1996年まで連載し、書籍にして全43巻を数える大紀行にまとめた『街道をゆく』は、街道に関心がなかった人にもその魅力を伝えたものとして特筆できます。
また現在までクラブツーリズムなどの企業が、街道歩きをツアーコンテンツとして提供し始めたのは今からおよそ30年前のこと。クラブツーリズムは、現在でもツアープランとして街道歩きを提供しています。
2000年代以降、街道観光を幅広い層に認知させ、派生する書籍や雑誌の発刊にもつながったのがNHK-BSのシリーズ番組『街道てくてく旅』です。
この番組は、毎回ゲストの旅人が、街道を数キロずつ歩き数ヶ月かけて街道の完全踏破を目指す番組でした。その特徴は、旅の様子が毎回、生中継で放映されていたことです。
2005年の放送開始から2010年の放送終了までに、東海道や中山道、日光奥州街道、山陽道、奥の細道、甲州街道、四国八十八ヶ所、熊野古道、讃岐街道・今治街道などを完全踏破しました。番組が人気になるにつれ、街道に関連した単行本や雑誌の発刊も相次ぐようになりました。
2010年代に入ると、インバウンド観光客の増加や地方創生などにより、それまで街道観光を展開してこなかった地域も力を入れるようになります。
長距離の街道をバックパックひとつで歩き自然や文化を楽しむインバウンド観光客の様子は、これまで街道観光に興味のなかった日本人観光客が目を向ける一つのきっかけになったと言えるでしょう。
2020年代以降は、新型コロナウイルス感染症が拡大し、蜜にならない観光形態として街道観光は注目を集めています。
地元旅やマイクロツーリズムへの関心の高まりにより、インバウンドや観光客ではなく、地元住民や周辺地域の住民を対象とした地域の魅力を再発見するための街道歩きイベントなども数多く行われるようになりました。
街道観光の2つの特徴
街道観光は、ニューツーリズムのひとつであるとされています。
では一体、どのような意味で街道観光は新しいと言えるのでしょうか?従来の歴史的な建築物や文化財を鑑賞する観光形態と比較し、どのような特徴があるのでしょうか?
観光学者の天野景太は、観光街道という経験の基本的な特徴について、観光対象の①時間的連続性と、②空間的連続性にあるとしています。
そこで以下では、天野の解説に沿って街道観光の特徴を確認します。
時間的連続性(現在と過去を相互参照する歴史的視点)
観光対象の時間的連続性とは、現在と過去とを相互に参照することで、歴史的な連続性(変化など)を認識する経験を指します。
街道観光を構成する歴史的な観光資源とは、例えば一里塚跡や松並木、関所、本陣脇本陣、商家の町並みなどです。ポイントは、それらが江戸時代やそれ以前から同じ場所に存在し続けているということ。
街道観光では、これらの歴史的な観光資源を現在とは無関係な過去のものとして認識しません。
観光者がいま・ここで見ている風景を手がかりとしながら、過去の風景や旅人・暮らした人びとの文化などを想像する経験を通して、時間的な連続性、つまり歴史の中でそれらを理解し楽しみ学ぶことが特徴なのです。
空間的連続性(街道を含む沿道全てが観光対象)
観光対象の空間的連続性とは、街道筋に点在する名所旧跡だけでなく、街道そのものを含む沿道にあるもの全てが観光対象になるということです。
街道観光と聞くと、本陣など目立つ観光対象を訪れることが思い浮かびます。しかしそれだけでなく、街道を歩いたり、自転車や公共交通機関で宿場と宿場の間を移動したりすること、それ自体も観光経験なのです。
例えば、街道を忠実に歩くことは、近世以前の旅人の実践を追体験することになります。同時に、美術館や資料館の展示を順路に沿って見るように、連続的に変化していく街並みや景色に触れていくことでもあります。
以上が街道観光の2つの特徴です。わかりやすくまとめると以下のように表現できます。
- 現在と過去を点ではなく、線で楽しむ=歴史的視点
- 空間やスポットを点ではなく、線で楽しむ=空間の連続性
つまり街道観光は、点として途切れた時間や空間を、「街道」によってつなぎ「線」として楽しむことを提案する観光形態なのです。
有名な場所や映えるスポットだけを、つまり点をスタンプラリー的に制覇することを目的とする合理的観光に対し、オルタナティブを提案するという意味で、「ニュー」ツーリズムだと言えるでしょう。
次回は、観光街道を実践する地域や団体の取組をみていきます。
参考資料
天野景太(2010)「“街道”をテーマとした学習型観光の可能性ー野外講座「江戸の旅人の街道観光」の実践からー」『日本観光学会誌』51: 84-89.
須田寛(2006)「新しい観光―産業観光・街道観光・都市観光」交通新聞社.
街道を歩いて31年。日本で初めてテーマ旅行を企画した街道歩きの達人は、78歳の今なお歩き続ける
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